ずっとずっと好きだったあいつに彼女が出来た。そして私はそれが出来るまでの過程もずっと見てきたんだ。あいつらしくもない相談をいつも聞いて、頑張れ、クロなら大丈夫だよ、なんて嘘っぱちの笑顔を作って言ってきた。クロから彼女を紹介されたとき、どうしようもなく醜い感情が湧き上がった。彼女の整った顔をぶん殴って、泣き叫んで謝っても許さずにそれを見て笑う…なんて。そんなことまで思う私は重症なんだろうか。







いついつに手を繋いだ、いついつにキスをした、二人が付き合い始めればそんな話もされるのかと思っていたけど、クロは彼女と付き合い始めてから一切そんな話はしなくなった。最近どうなの?と聞いても笑って言葉を濁すばかりだった。本当は知りたくないはずなのに、知りたいと思ってしまう矛盾した感情に戸惑って、私はただクロがあの子に触れるところを想像して、醜い嫉妬に襲われた。でもそれも時が経つに連れて薄れていった。仕方のないことなんだ、そう思えるようになっていった。思おうとした。
二人が付き合い始めて2ヵ月が経った頃だった。彼女でも待っているのか、クロが教室に残っていた。私が教室の扉を開けると、クロがその音につられてドアを見た。必然的に目が合って、お互いに片手をあげ、よっと挨拶を交わした。私は自分の荷物手に取りじゃあまた明日ね、とクロに言った。するとクロは右手を挙げて来い来い、のしぐさをする。私は荷物を肩にかけたままクロの横に座った。

「なに」

「もう帰んの?」

「うん。クロは彼女待ち?」

「や、喧嘩した」

私はそっかと言葉を返してスカートのポケットから携帯を取り出した。この先生々しい二人の恋愛模様を聞かなければいけない事を覚悟して、少しでも気を反らしたかったのだ。いざそれを知るとなると辛いものなんだな、と漠然と思った。
インターネットのブックマークを開いて適当なページを開く。そう言えば途中だった携帯小説があったことを思い出し、私はもう一度お気に入りを開いてそのページを開くことにした。

「なんかやっぱめんどくせえな。俺、付き合うとか向いてねえわ」

「何ソレ」

カチカチ、クロの言葉を待つ間にボタンを打つ音が静かな教室に響く。私はクロの声じゃなく、なるべくその無機質な音に集中することにした。

「俺さ、あいつといるのも楽しいって思うけど、やっぱ友達との時間が一番なんだよな。だからそれ文句言われたらめんどくせえっつーかさ」

「自分勝手だなあ」

「それ彼女にも言われた」

「っそ」

彼女とかあいつとか、あの子の事をそう呼ぶクロに無性に腹が立った。なんか特別だって言ってるような気がしてむかついたんだ。私はその感情を打ち消すように携帯を持つ手にさらに力を入れた。

「つーか今日なんか変じゃね?」

「は?なにが?」

「いや冷たいっつーか」

「だって面倒なんだもん」

私は携帯を閉じてクロを見た。苛立ったように目を細めて私を見ている。

「なんで私があんたのそんな話聞かなきゃなの」

「お前意味わかんねーんだけど」

まじうぜえ、そうクロは続けた。私は苛立つとかそんな事より、さっきまで彼女を想って話していたクロが自分をやっと見てくれたようで嬉しさに似た気持ちを覚えた。ここまで来たら重症だわ、そう思うと笑いがこみ上げた。

「誰だって好きな人のそんな話聞きたくないじゃん」

「…は?」

「あんた、本当自分勝手だわ」

私たちさ、中学入ってすぐに仲良くなったよね。なんていうか考えてることが一緒でさ、サボりたいタイミングもいつも同じだった。好きなサボりスポットは屋上の右寄りのフェンスのところ、そんなピンポイントなとこでも気が合った。なのにさ、肝心な私の気持ちなんてもんには気付いてくれないんだ。

「ずっと好きだったんだって」

あんたの事、そう続けていった。クロは今どんな顔をしているのだろうか。そう思ったけど怖くて顔をあげることが出来なかった。

「お前それ笑えねえ冗談だろ」

そう言ってクロは喉を鳴らすように笑った。あまりにも気の合う友達という期間が長すぎたせいか、クロは私の言葉を信じていなかったのだ。私はそれが分かると悔しくなって携帯を閉じた。そして相も変わらず笑っているクロの顔を見る。私の視線に気づいたクロは視線を合わせ笑わせるなって、と言った。全身の血がカァッとのぼってくるのが分かる。自分の頬が熱くなっているのにも気付いた。

「ふざけんな」

そう言って私はクロの胸ぐらをつかむ。私の言った言葉が本気だとやっとわかったのかクロは黙ったまま掴まれた胸ぐらを見ていた。私は掴んだそれを上に持ち上げクロの顔を上に向かせた。

「好きな彼女とどーぞ仲良くね」

私はそのままクロの唇に自分の唇を重ねた。クロは驚いたように目を見開いていた。私はそれを見るのがただ悲しくて目を閉じて初めてのキスをした。

「アンタとキスしたって彼女は秘密にしといてあげる」

じゃあね、私はそう言って掴んでいた手を離した。クロは驚いたように唇を抑えて私を呆然と見ていた。ざまあみろ、今までの復讐だ。私は心の中で悪態を吐いてクロに背を向けた。その瞬間にこみ上げてくる涙を手で拭い、ああ、もうこれで終わったなと冷めた気持ちで思っていた。
教室を出て人のいない廊下を歩く。どれだけ抑えようとしても涙は止まらなくて私は声をあげて泣いた。馬鹿みたいに、大切なおもちゃをなくした子供のように泣いた。声に出して泣けば少しは気が晴れるだろうか。

秘密をあげる秘密だけは私の想い出にしてもいいでしょ?


honey&saltt様へ。
2013年4月28日