一馬の話を聞いて自分の初体験の時を思い出した。思い返せば俺もあんな風に悩んでそわそわしていた。まあ、他人に相談なんて絶対にしなかったけど。






周りの友人たちは昼休みになると、いつ童貞から脱出したかという話で盛り上がる。それは一つのステータスでもあるのだろう。初体験を済ませた奴は誇らしげにそれを話し、済ませてない奴は目を輝かせてその話を聞き入る。俺はと言うと、そんな奴らをちょっと馬鹿にして見ていた。
だってそうでしょ?女性にとってそれは凄く大事な事。大体が彼女も初めてだという奴らばかりなのに、相手の事よりも自分の欲望しか考えていない。そりゃ俺だって性欲はある。あんな事やそんな事なんて妄想もする。だけど一番大事なのは彼女の気持ちなのだ。傷付けたくないし、初めての相手が俺でよかった、そう思ってほしい。だからこそ付き合って半年も経つのに手を出せないでいた。
彼女は俺の一つ年下で高校一年生。彼女は花が好きらしく、いつも用務員の人と花壇で花の世話をしていた。なんとなくその彼女の姿がいつも視界に入っていたんだけど、それから時間が経ったある日に初めて目が合って、彼女は笑顔を浮かべて俺に向かってお辞儀をした。それからなんとなく、俺は彼女と話をするようになった。おっとりとした雰囲気を持つ彼女と話しているといつも疲れが飛ぶような気がして、だんだんと彼女といると居心地がいいと感じるようになった。

「英士先輩、なに考えてるんですか?」

サッカーの練習がない日、俺はいつも彼女と下校する。彼女との馴れ初めを思い出していたとき、そう声をかけられ頭が現実へと戻った。

ちゃんと初めて話した日の事思い出してた」

「懐かしいですねー。もうすぐ一年ですね」

「うん。時間が経つのは早いね」

「はい、本当に。でも私、英士先輩と付き合ってるなんてまだ夢みたいです」

「何言ってるの。ちゃんは現実に俺の彼女でしょ」

「へへ、そうですね」

彼女はそう言って照れたように笑った。そんな彼女を見てやっぱり可愛いと改めて思った。

「あ、あの、今度うちに遊びに来ませんか?」
迷惑だったらいいんですけど!と、彼女は慌てたように付け足した。

「母に彼がいるって言ったら会ってみたいって言われちゃって…それで」

そして彼女は申し訳なさそうにそう言った。

「迷惑じゃないよ。是非お邪魔させてもらうね」

そう言うと彼女は、落ち込んだような表情から一気に笑顔を見せた。どうやらこの話をする事がすごく嫌だったようで、英士先輩に重いって思われるんじゃないかって不安だった、と苦笑いを浮かべて言った。

「そんなわけないでしょ」

呆れたように俺がそう言うと、彼女はありがとうございますと、また照れたように笑った。その姿がなぜだか愛おしく思えて繋いでいた手を引き寄せてキスをした。唇が離れると彼女は顔を真っ赤にしてひと!人見てないですか!?と辺りを見渡した。その姿が面白くていないからもう一度しようか?と言った。すると彼女はだめです!と慌てたように唇を抑えた。俺はそれを見て声を出して笑った。
その後彼女を駅まで送って別れた。その帰り道、俺は約束をした来週の日曜日の事を考えていた。ないとは思うけど、もしいい雰囲気になったらとか、そんな事ばっかりが頭を占めていた。教室でそんな話をする奴らを軽蔑しているくせに自分の頭の中もそればっかりか、そう思うと情けなくてため息が出た。とりあえず俺はその事を頭から追い出して持っていくお土産を何にするか、それを考えることにした。



そして約束の日、俺は9時過ぎに家を出てケーキを買ってから彼女の家に向かった。柄にもなくチャイムを押す手が微妙に震えていた。情けない、あの日から俺にはその言葉が一番似合っている。
チャイムを押すと、はーいという声とともに足音が家の中から聞こえてきた。そして玄関の扉が開いて、ちゃんが出迎えてくれた。

「こんにちは。お母さんは?」

「それが…」

ちゃんは言いにくそうに今日仕事になっちゃって、と言った。お母さんは看護師長をしているらしく、どうしても出なければいけない会議が出来てしまったとついさっき出ていったらしい。

「ごめんなさい。お母さんも本当にさっき連絡が来て行っちゃって…」

「いいんだよ。仕事なら仕方ないでしょ。それより上がってもいい?」

「あ、はい!私のお部屋に行きましょう」

俺は靴を脱いでお邪魔しますの挨拶を一応する。そしてちゃんの後ろをついていく。

「どうぞー」

そう言って彼女は部屋のドアを開けてくれた。そこはオレンジ色を基調にした感じの部屋だった。窓際には観葉植物が置かれてあり、なんだか彼女らしいなと微笑ましい気持ちになった。

「あ、適当に座って下さいね」

「うん、ありがとう。それとこれ、お母さん帰ってきたら食べて」

そう言って俺は買ってきたケーキを彼女に渡した。彼女は申し訳なさそうにすみませんと頭を下げた。俺は気にしないでと返事を返した。彼女はそれを冷蔵庫に直してくる、そう言って階段を下りて行った。俺は彼女の部屋を見渡す。するとベッドの上に置かれてあった雑誌に目が行った。そこには「女子の初めて特集」という文字が印刷されていた。気になった俺はそれを手に取りページを進めていく。するとそれについて書かれたページが目に入ってきた。そこにはどうやって初体験を終えたか、痛いのか、等と言ったことが赤裸々に書かれていた。

「何見てるんですか?」

俺がそれに見入っているとき彼女が部屋に戻ってきた。俺はそのページを彼女に見せる。すると彼女は慌てたようにそれは自分のじゃないんです!と言ってきた。昨日遊びに来ていた友達が置いていったんだと言っていた。

ちゃんは興味ないの?」

「え、ええ!?」

「だからさ、こういうの興味あるの?ないの?」

その雑誌を見て自分の中で抑えていた何かが弾けたのを感じた。

「いや、私は…」

彼女はそう言って俯いた。俺は彼女の手を引っ張り抱きしめた。彼女は肩を震わせていた。

「せ、んぱい?」

「俺はしたいよ。ちゃんとこういうこと」

彼女の頬を両手で包みこみ、目を潤ませる彼女にキスをした。彼女は目を瞑り受け入れるように背中に手を回したきた。俺もこたえるように彼女を抱きしめる。

「ごめん、抑えられない」

俺はそう謝って彼女の服を脱がせていく。下着だけの姿になった彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた。俺は彼女の下着を脱がせていく。だけどブラなんて初めて触るからどうやって外すかがよく分からなくて手間取ってしまう。やっとそれが外れた時、彼女は消え入りそうな声で俺の名前を呼んだ。

「なに?」

返事を返すと彼女は顔をあげた。だけどその後に続く言葉はなかった。だから俺は気にせずに続きをしようとした。彼女のパンツに手をかけた時、ひっく、と嗚咽を漏らす声が耳に入った。ハッとして彼女を見ると、怯えたように涙を流していた。

ちゃん?」

「こわい、です。先輩、私見てない」

そう言われて熱を持っていた俺の頭は急激に冷えていった。

「ごめん…」

あの雑誌を見て、ただ彼女を抱きたいという思いで一杯になった。彼女の気持ちを汲むこともなく、ただ早く、早く、と。

「ごめん」

俺はもう一度謝って彼女を抱きしめた。細いその体を抱き締めると、この子は俺が守るべき存在なのになにをしてるんだ、と自分を殴りたい思いでいっぱいになった。

「やっと私の事見てくれましたね」

彼女は泣きながらそう言って笑った。俺もつられて笑う。

「そうだね、ごめん。俺、突っ走りすぎたね」

「私だって英士先輩としたいです。でも…」

「分かってるよ。大丈夫だから。今はこれだけで俺も十分だよ」

そう言うと彼女はありがとうございますと言った。俺は彼女の額、頬、唇にキスをする。くすぐったそうに彼女は笑った。
こうしているだけで幸せを感じるのになにを焦っていたんだろうか。確かに俺は教室の奴らにそう感じたはずだった。手を繋いで抱き合ってキスをする、それだけで幸せなのにこいつらは盛りのついた猿か、そう思っていたんだ。なのに今さっきまで自分が盛りのついた猿になっていた。

「英士先輩、大好きです」

「俺もだよ」

へへ、彼女がいつものように笑った。この笑顔が見れるだけで今はいいや、俺はそう思ってただ彼女を抱きしめた。行為に及ぶことが愛情の最終表現ではない、彼女の笑顔を見てそれを実感した。
そして俺の初体験はまだまだ先になるのだった。心ではいいと思っていても体は正直で、俺はこの後苦労することになった。
後になればそれもいい思い出。

郭英士の憂鬱「で、どうだったの?」「天国ってあるんだな」「(天国を味わうまでは地獄だけどね)」


あとがき
最後の最後で英士と一馬。
にしても英士ってどんなだっけ?こんな子だった?ってかこんな書きにくい子だったか…?笑
なんかもーぐだぐだ。
2013年2月22日