「何回目だよ」
「もう忘れた」
特に傷付いた様子でもなく彼女はそう言った。「また浮気されちゃった」そうからメールが着たのは10分前の事。心配になった俺は、寮を抜け出しての部屋に忍び込んだ。相部屋の子はどうやら藤代が好きらしく、藤代に誘うように連絡させたらすぐに出ていった。出ていく時にをよろしく、と意味ありげに言われた。その時藤代には「先輩らしくねえっすよ」と言われたので、とりあえず一発蹴りをいれておいた。そんなの自分が一番知ってるっつーの。
部屋に入るとはいっつもごめん、と目尻を下げて力なく笑った。俺はため息を吐きながら、いつもの言葉を言う。
「そんな奴のどこがいんだよ」
「さあ」
どこだろ?なんて言いながらは携帯に目を向ける。
男から謝りのメールでも来たのかと思っていると、が携帯の画面を見せてくる。あほらしい、そう吐き捨てながら。携帯の画面にはごめん、お前が一番好きだから。いつもの決まり文句が映し出されていた。の男は浮気をするたびにこんなメールを送って来る。そして俺はいつもそれを見せられる。前と同じ文面ってこと、自分で忘れてんのか?俺からすれば、こんな男は糞なのに、それでもはこいつと別れようとしない。
「お前って馬鹿だよな」
「知ってる。でもさ、好きって理屈じゃないでしょ?どこが好きなんて分かんないけどあたし、この人がいないと嫌なんだよ」
「っそ」
それは俺だってよく分かる。馬鹿な奴、そう思いながら、そんな馬鹿な奴が好きな俺。どこがって言われても分かんねえし、でも、こいつが傷付くのは見たくない。
「あたし、三上を好きになればよかったな」
って、三上にも選ぶ権利あるよね、はそう続けて笑った。俺はずっと心の中で言い続けている言葉を飲み込んだ。もうこれで何度目だ?そう自問自答して、自分の行動の下らなさを実感しても、はぶれずにあいつを想い続ける。いくら俺が好きだ、そう告げたとしてもはそういう奴だ。きっと俺が気持ちを伝えても、ありがとうと言われて終わるのがオチだろう。
「アホ」
ふふ、とは小さく笑いを零した。は携帯を閉じるとねえ、と俺の顔を見る。そして、どうして人は一人を想えないの?と、悲しげに、でもどこかで答えを知っているような、そんな口調では問いを投げかけて来た。
「さあな」
余計な事を言っても、の傷をえぐるだけだ。俺は適当な言葉を探したけれど見つからなかった。とりあえずの言葉はあまりにも曖昧だ。
「三上は?三上もいっつもとっかえひっかえじゃん?」
「俺は浮気はしてねえよ。知ってんだろ?」
俺は告白されれば誰とでも付き合う。心のどこかで、以外の女を好きになれるかも知れないと女々しい期待をしている。それを知ってか、女どもは俺に彼女がいねえ時を狙ってラブレターだったり呼び出しをしたりしてくる。でも絶対に、同時進行はしない。それをしてしまえば俺は、を傷付けている男と一緒になってしまうからだ。
「そーだけどー。じゃあさ、なんで?なんで長く付き合えないの?」
「本気で好きだって想える奴なんてそうそういねえんだよ」
お前が好きだから、なんて甘い言葉を囁けるほど自分に自信があるわけじゃないし、なによりこいつはきっと、あの男から離れることは出来ない。
残酷なほど近すぎる距離にいるからこそ分かってしまう。それでも俺はまだ他に目を向けることは出来そうにない。俺は今まで付き合ってきた女に自分から別れを告げたことはない。いつも最後には俺が振られる。三上君ってさ、私の事見てないよね。最後に付き合った女は別れの時こう言った。
「なら付き合わなかったらいいのに」
は俺から目を反らし握りしめた携帯に目を落とした。それはメールを知らせる光が点滅している。だけどはただそれを見つめただけで開こうとはしない。きっと俺に言った言葉はそのまま彼氏に言いたい言葉なんだろう。
「好きにならなかったらこんなに怖くなることないのにね」
握りしめられた携帯は相変わらず点滅を繰り返している。
言葉を返せずにいる俺にそう小さな声で呟いた。
「なあ、」
好きだと言って抱きしめたい、そう思う気持ちを拳を握りしめて堪え、明日どっか行こうぜ、そう言った。は小さく、本当に小さく笑ってありがとうと言った。