噛み砕いたリンゴ味のキャンディーは少ししょっぱかった。
周りの子は言う。真田一馬と幼馴染なんて羨ましいと。その度にあたしはそんな事ないよと言った。幼馴染ほど近くて遠い存在なんてあるのだろうか。あたしはそれをよく思った。
かー君は小さい頃からサッカーをやっていて、いつの間にか将来を有望視されるほどの選手になった。そんなかー君も一人の男で、あたしはいつからかかー君の事を異性として好きになっていった。でもかー君はいつでもサッカーが一番だった。だからあたしは告白なんて考えたこともなかったし、このまま一番身近な存在としていられるならいい、そう思ってたんだ。
だけどあたしがかー君を好きになったように、かー君にも好きな人が出来た。それは仕方のない事なんだろうけど、それがこんなにも急に、そしてこんなにも早く訪れてしまうなんて思いもしなかった。
「俺さ、あの子が好きなんだ」
恥ずかしそうに言うかー君の視線の先にいたのは隣のクラスの女の子。特別可愛いってわけじゃないけど、背の低い女の子らしい愛嬌がある子だった。私はへーとなんでもないように言った。さっきまで浮かべていた笑みを崩さないように。
その日は悲しいくらいに晴天で、サボる為に行った屋上はあまりに眩しすぎて泣けて来たのを覚えている。
それからしばらくしてだった。かー君が彼女との仲を取り持ってほしいと言ってきたのは。いつも一歩ひいて人と接しているかー君がそんな事を言うとは思いもしなかった。だから断る事も出来ず、あたしは出来る事なら手伝うよと言った。そしてまずは彼女と仲良くなってみた。彼女は嫌味な程に良い子だった。明るくて笑いが絶えなくて、でもドジが多いそんな子。危なっかしくて見てらんなかった。そんなをあたしも大好きになっていった。
そしてそんなにある日言われたのだ。私ね、真田君の事が好きなんだ、と。両思いだなんて気付いてたよ。がかー君を見る瞳があたしと一緒だったから。もうちょっとだけ知らないふりをしていたかったけど、やっぱりそうは行かなかった。
「俺、今度さんに告白する」
そうかー君から告げられたのは、あれから一年が経った頃だった。三人でよく遊ぶようになり、かー君とはどんどん仲良くなっていった。あたしの知らない話をする二人。あたしの知らない顔をするかー君。もうこの辺が潮時なんだって思った。
「そっか、頑張んなよ」
もかー君が好きなんだよ、そう言わなかったのはあたしの最後の意地悪だった。
「おう。サンキューな。いっつも、その…話聞いてくれて」
「いーよ」
「これ、お前が好きなやつ。やるよ」
放課後の教室に、グラウンドで部活をやっている生徒たちの声が響く。太陽がガラスを照らし、暗くなり始めた教室に影がさす。
かー君がそう言ってくれたのはリンゴ味のキャンディーだった。かー君はあたしがこれを好きだと思っている。だけど本当は違う。まだ小さい頃泣き虫だったかー君にこれをあげると、絶対にかー君は泣きやんでくれた。だからあたしはそれを持ち歩くようになったのだ。大きくなるにつれて、かー君にこれをあげる事はなくなっていった。だけどいつかいるかもしれない、そう思ってあたしはそれを手離せずにいた。
そんな昔の事を思い出してキャンディーを受け取る。自然と笑いがこぼれて来た。あたしとかけっこをして負けて泣いたかー君。おもちゃの取り合いで泣いてたかー君。想い出が胸を締め付ける。
「ありがと」
そうお礼を言って一つだけ口にいれた。甘いリンゴの味がする。
「じゃ、俺行くわ」
「うん。かー君、頑張ってね」
「おう」
「振られたら慰めてあげる」
「縁起悪い事言うなよ」
目尻を下げて困ったようにかー君は笑った。よし、と小さな声で言って机に置いてある荷物を肩にかける。そしてかー君は行ってくるなと背を向けて手を振った。あたしは何とか声を絞り出して行ってらっしゃいと言った。
かー君がいなくなった教室でリンゴ味のキャンディーを噛み砕いた。さっきまで甘かったはずのそれは今ではしょっぱかった。堪え切れず嗚咽を漏らす。一番近くにいたはずだったのにもう叶わないんだ。そりゃそうだ。あたしたちはただの幼馴染で、それ以上踏み込むなんて出来るわけがなかった。
きっと家に帰って携帯を開くと、かー君からうまくいったってメールが着てるんだろう。そう思って携帯の電源を切った。だけどこれは現実で、明日はまた笑っておはようと言わなくちゃいけない。
悲しいほどにしょっぱいリンゴ味のキャンディーと一緒に、かー君への思いも噛み砕けたらいいのに。