日陰に咲く花
春のにおい。
合格発表の日、私とちゃんは何度も掲示板に張られている番号を見た。二人の番号があることを確認して、私たちは思わず目から零れるものを無視して飛び上がって喜んだ。笑いながら泣いている、そんな風景が周りにもあった。今度からは一緒だね、やったね、やったねと、高校生活を思い浮かべながら互いに言った。私たちはすぐにお互いの親に電話して報告をした。お母さんが今日は焼肉よ!と電話越しで涙を堪えるように言った。思わず私は笑ったけど、お母さんはよく頑張ったわね、と何度も言いながら泣いていた。
その後、郭君からも受かったと連絡が入り、私と郭君は後で中学校で待ち合わせて会う事にした。ちゃんは家族とご飯に行く約束をしてるから、と言って少しだけお茶をして帰った。私は郭君との待ち合わせ場所に向かうために、いつもの通学路を歩いた。桜の花びらが風に舞いながら落ちていく。それはもう毎年の事だけど、それがなぜだか去年よりも寂しさを誘うものだった。
校門の前に郭君の姿を見つけて、私は歩くペースを速めた。速めたと思ったのは自分だけで、実際は郭君の前に着くときには肩で息をするくらい疲れていた。息も途切れ途切れで遅れてごめんね、と言うと、郭君は小さく声を漏らしながら笑った。走ってる姿見てると、こけるんじゃないかって不安だった、そう言って。私は一気に恥ずかしくなって、こけないよ!といつもより大きな声で言った。郭君はからかうように謝るだけで、やっぱり楽しそうに笑っていた。
「ねえ、体育祭の日に行った公園覚えてる?」
郭君の言葉に覚えてるよ、と返事を返す。
「また行かない?」
「うん、いいですよ。行きましょう」
ああ、きっと今日も少し郭君は感傷に浸ってるのかなと感じた。私が感じているものもそうだけど、それを言葉で表すには難しかった。卒業を寂しく思う気持ちと、未来に対する期待と、少しだけ胸に過ぎる不安。様々な感情が交錯している。
こうやって歩くこの道もあと少しで最後になる。これからは電車で通学するから、ここは滅多に通らないだろう。当たり前だった日常が変わっていく。こうして郭君が斜め前を歩いている姿だって、もしかするといつか当たり前じゃなくなるかもしれない。そんな考えがふと頭をよぎった。私は思わず郭君の制服をつかんだ。振り向いた郭君は不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「あ…ううん。ごめんなさい」
「変なさん」
郭君はそう言うといつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「もうすぐ卒業式だね」
「ですね」
私たちはまた公園へと続く道を歩く。だけどやっぱり郭君と並んで歩けなくて、私はその背中を見つめながら歩く。時折風がふくと綺麗なその髪が揺れた。
「第二ボタン下さいってすごく言われるんだよね」
鬱陶しいでしょ、本当に疲れたように郭君は言った。私はそれがちょっと面白くて思わず笑った。だけど郭君は振り向いてわざとらしくため息を吐いた。
「考えてよ。下駄箱開けるとさ、第二ボタン下さいって書いた紙が入ってるんだよ?しかもその一言だけ。嫌になるよ」
「でも、それはやっぱりみんな郭君が好きなんだと思いますよ!だから、」
誰かにあげればいい、そう言おうとして言葉が止まった。その理由が自分でも分からなかったけど、でもそれは私にとって嬉しい事じゃない。
「それならさんがもらってよ。まったく知りもしない子にはあげたくない」
「は!?私!?」
「ふふ、さんでもそんな大きな声出るんだね」
郭君はまた楽しそうに笑った。自分でも驚くほど大きな声が出たなと思ったけど、それは郭君の言葉があまりにも自分にとって衝撃的だったからなのに。
ようやくこの前の公園に着いて、また夕日の見えるベンチに腰をかける。郭君は一息つくと、貰ってくれる?とまた言った。
「私でいいなら…あ、でも、郭君の事好きな人に怒られちゃうかな」
「じゃあもう今あげるよ」
郭君はそう言うと第二ボタンを掴んで思い切り引っ張った。ずっと着ていたものだったからなのか、案外それは簡単にとれた。はい、と郭君はそれを私に手渡した。私はそれを受け取ったけど、どうすればいいのか分からずしばらく掌において眺めていた。郭君はそんな様子を見てクスクスと笑っていた。
「これで心配ないでしょ」
「そうだけど…」
そういう問題なのかな?と疑問を抱きながらも、郭君が私にはあげてもいいって思ってくれたその事実が少し嬉しかった。ちゃんと友達というカテゴリーで見てくれているんだ、と。でも嬉しいと思う同時に、心の奥の、自分でも分からないけど、どこかでチクっと刺すような痛みを感じた。
「ほら、結人分かるでしょ?」
「え、結人君がどうしたんですか?」
「結人の学校はもう卒業式終わってるんだけどさ、言ってたんだよ。第二ボタン引きちぎられたって。その日会ったんだけど、もうすごいんだよ。顔中になぜか引っ掻き傷あって」
郭君は笑いながらそう言った。結人だからおもしろいけど、自分はそんな目に遭いたくないからと、郭君は涼しげな笑みを浮かべて言った。私は思わず苦笑しながら、郭君らしいなと思った。
「それでね、一馬も卒業式まだなんだけど、凄い怯えててさ。それ見てるのが楽しくて」
「あはは、なんだか想像出来ます」
そんな風に私は郭君の話す2人の事を聞きながらその場面を想像した。ただ想像するだけで私まで楽しかった。少しずつ陽が落ち始めて、綺麗な橙色の光が郭君と私を照らす。時折横を見ると、真っ黒な綺麗な彼の髪が夕日に染まって思わず見とれた。
私たちは時間も忘れてこの三年間の話をした。仲良くなったのなんて本当に最近だよね、そう言いながら。一年の時に先輩に目をつけられた話、二年に上がるといつの間にかファンクラブが出来てた話、郭君は懐かしむように話をつづけた。結局私たちはお互いの親からの電話が来るまで、ずっと話をし続けていた。
あとがき。
2015年1月14日
2015年1月14日