走りながら携帯のサブディスプレイに目をやって時間を見ると、家を出てから5分が経っていた。いつもなら駅まで10分はかかるのに、目的地はもう目の前に迫っていた。体育の苦手な私が、こんなに早く走れるなんて思いもしなかった。



日陰に咲く花
秘密の場所。





駅に着いてすぐに郭君に電話をかける。さっきと違って郭君はすぐに電話に出た。私はとりあえず着いたよ、という。すると後ろから肩を叩かれた。振り向いた先にいたのは郭君だった。郭君は携帯を閉じながら早かったねと言った。

「走って来たんだ」

そんなに急がなくてもよかったのに、そう付け加えて郭君は苦笑した。

「いい運動になったから」

「今から体育祭なのに大丈夫なの」

郭君はからかうように笑った。私もそれにつられて笑う。こうして郭君と話すのは一週間ぶりだったけれどやっぱりこの人の空気は落ち着く。なぜかと問われても答えを出すことは出来ないけど、郭君の持つ空気が優しいからなのかな。人と話すのは苦手だし、相手が男の人なら尚の事だ。こうして自分が話せている事に驚く。

「ねえ、ちょっと寄り道して行かない?」

「うん、いいですよ」

じゃあ行こうか、郭君はそう言って歩き出した。私は郭君の少し後ろを着いていく。まだ時間が早いからか、人通りは少ない。たまに通る車の音、自転車に乗った学生が通り過ぎる時の風、今までは一人で感じていたその空間に郭君がいる。なんだか不思議な気分になった。
しばらく歩いていると、小さな公園に着いた。地元の私でも知らないのだから、穴場というかあまり人が来るところじゃないのだろう。でも郭君はその公園に入っていく。私はなにも言わずにただその背中を追いかけた。

「ここさ、試合で負けた日によく来るんだ」

公園の奥にあるベンチまで歩いていけば、そこに荷物を置いてそう言った。ベンチの向こう側には柵がしてあり、町の風景と遠くの山々が見える。ここから見る夕日は綺麗なんだろうな、と容易に想像がついた。

「ここからこうやって町の景色眺めてると気持ちが落ち着くんだよね」

郭君はベンチに腰掛け話をする。私はやっぱり横には並ばず、郭君の斜め後ろに立った。

「今日はね、ちょっと感傷に浸っちゃってね。これが最後の体育祭なんだって。俺面倒くさいから今までも学級委員とか引き受けてたけど、なんだか最後って思うと少し寂しいよね」

いつもはあまり喋らない郭君が、珍しく自分の気持ちを言葉に出していた。そして、自分と同じように郭君も思うんだと知って嬉しくなった。

「私もそう思ってた。だから昨日中々眠れなくて」

「そうだったんだ」

「うん。だから郭君からメール着て嬉しかったんです」

そう言うと郭君が振り向いた。少し驚いたような顔をして、その後すぐ目を細めて笑ってくれた。

「俺も返事が着て嬉しかったよ」

郭君はそう言うとまた視線を前に戻した。

「これから皆、また受験モードに戻るでしょ?そうしたらこんな風に想うことも減ってくると思うんだよね」

「そうだね」

「だからなんとなくここに来たかったんだ。あ、でも、この場所は2人の秘密だよ?」

「うん!」

なぜだかわからないけれど、秘密、その言葉が嬉しかった。今までこんな風に話せる男の人はいなかった。少しずつ自分の世界が広がっていくような気がした。

さんは不思議な人だね。俺こういう話を他人とするの苦手だったんだ。でも、さんには話しやすい」

そう言った時の郭君の表情は前を見ているから分からなかった。だけど今はよかった、と思う。自分の頬が熱くなるのを感じたから。恥ずかしいとかそういう気持ちじゃないのに。嬉しいっていう気持ちでも頬が赤くなる事を今まで知らなかった。

「じゃあ行こうか」

しばらくしてよし、という声と共に郭君は立ち上がる。ベンチに置いてあった荷物を肩にかけると公園の出口に視線を送る。小道を入って来た所にある公園だから人通りはない。雀やハトが朝日を浴びるように歩いている。

「はい!」

「優勝しようね」

「頑張ります!」

期待してるよ、と郭君は笑った後に、駅に来る時くらいのスピードならリレーに出ても優勝だったよ、と冗談めかしに言った。私は笑って無理です、と返した。



何年も経って思い返せばね、こうやって冗談を言い合っている時が一番の幸せだったのかも知れない。でもそうやって言えば、今が一番幸せでしょ、って当たり前のように返してくれるかな。
あとがき。
名前変換がなかったpart2。最後に付け加えたのはここだけの秘密。
2012年9月29日