太陽が彼を照らした。眩しそうに目を細める彼を見て、かっこいい、そう思ったんだ。



日陰に咲く花
初めての感情。





学校に着いて教室に向かう。はちまきを巻いた体操着の生徒たちが廊下を走り回ったり友人たちと雑談をしている。その風景はいつもと変わらなかったけれど、教室にいる皆の声はいつもより賑やかに聞こえた。私と郭君はお互いに頑張ろうね、と言い席に着いた。鞄の中からはちまきや必要な物を取り出す。その時携帯が光っている事に気付いた。携帯を開くと受信メール一件の文字。送信者。別の中学校に通っている親友からだった。本文にはお互い頑張るぞ!体育祭終わってゆっくりしたら打ち上げしよう!と書かれていた。私は了解!また連絡するね!と返した。私には同じ中学で親友と呼べる友達はいない。たまに遊んだり、電話やメールをしたりする人はもちろんいるけれど、深く関わる事が苦手な為、それ以上の付き合いは彼女以外とは出来なかった。相手の話を聞いても、どこまで踏み込んで良いのだろうか、こんな風に言っても良いのだろうか、私は常にそれを考えてしまう。だからいつも言葉に戸惑ってしまうのだ。でも、彼女に対してはそれがない。昔、彼女が言ってくれた。誰だって人を傷付ける事はあるし、誰だって人を傷付けたいなんて思ってないよ。だからあたしには遠慮すんな。あたしはむかついたり嫌な事だったらはっきり言うから、と。だからか、彼女には少しずつだけど自分の思いを言えるようになったのだ。
そんな風に昔を思い出しているとチャイムが鳴り、それに続いて担任が入って来た。学級委員の起立の声がかかる。

「おはようございまーす」

生徒の声に先生もはい、おはようと返す。着席の言葉と共に皆が席に座る。先生は咳払いをすると、皆、今日は頑張るぞ、と話を始めた。

「お前たちにとっては最後の体育祭だ。そして三年は全員応援団に参加だ。放課後も残ってよく頑張ったな。そして衣裳に携わってくれた皆。それを助けてくれた皆。一人一人が頑張ったから今がある。だから悔いのないように頑張ってくれ」

先生のその言葉に皆は隣の席の子、後ろの席の子たちと頑張ろうなと言い合っていた。ふと郭君の方を見ると視線があった。郭君は小さく微笑んでが、ん、ば、ろ、う、ねと口パクをした。私は首を縦に振ってそれを肯定した。
時間がやって来て校庭に出る。観客席は保護者で埋め尽くされていた。自分の家族はどこだろうと見渡すけれど、その数の多さに見つけることは出来なかった。
そして初めに生徒代表の挨拶が始まった。我らが紅組の生徒代表は勿論郭君だった。紅組代表と呼ばれるとはい、と普段の郭君からは想像出来ない大きな声で返事をし、堂々と生徒の前に立った。それに白組代表の人も続く。
二人の挨拶が終わると、一つ目の種目が始まる。そして時間はあっという間に流れ、お弁当の時間になった。自分の出番がない時に家族を探していたけれど、やっぱり見つける事が出来なかった。どうしようと考えていると後ろから肩を叩かれた。振り向いてみるとそこには、来年度に中学に入学する弟がいた。

「姉ちゃんあっち。一緒に行こうぜ」

「わー助かったよー!」

「ホント姉ちゃんってアホ。俺たちめっちゃ近くで見てたのに」

「うそ!全然気付かなかった!」

「そうだと思ってさ、母さんたちに頼まれたんだよ。探して来いって」

「はは、ごめんね。迷惑かけちゃって」

姉ちゃんどんくさいからなーと弟は呆れたように言った。私はとりあえず弟の後を着いていく。お母さんたちはもう既にシートを広げてお弁当の用意をしていた。

お疲れさま。先にお茶飲みなさい」

私たちがそこに行くと、お母さんは笑顔で答えてくれた。そしてコップに入ったお茶を貰った。目の前にあるお弁当のおかずはどれもご馳走で、お茶を飲んで潤った喉が音を立てた。
お母さんに箸を受け取ると、私と弟は待ってました!とばかりに取り皿に唐揚げやダシ巻き卵、エビの塩焼き等、自分の好きな物をとった。早くしないと弟に取られてしまうのだ。
ご飯を食べ終わる頃にはお腹が膨れてしまい、この先のプログラムを思い浮かべると、このまま寝てしまいたかった。その後しばらく、家族で雑談をした。の走りはどうだとか、あの子こけたけど大丈夫だったの?とか。他愛もない話をした。周りの声もうるさいほど聞こえる。体育祭という雰囲気は、人を陽気にさせるのだろうか。いつの間にか時間は過ぎていき、あっという間に集合を知らせる放送が鳴った。

「姉ちゃん頑張ってなー」

弟がそう言うと、両親も頑張っておいでと背中を押してくれた。私は笑顔で返事を返し、自分の位置に向かう。お昼休憩が終わると応援のプログラムなのだ。一、二年は希望者のみだけど、三年は全員参加になる。と言っても、衣装作りがメインだった私含め30人程は、そこまで覚えなくてはいけないという動きはない。応援団長と残り50人程のメイン部隊というのがあり、その人たちが大変なのだ。白組はどういう風になっているかは知らないけれど。
ぞろぞろと生徒たちが持ち場に集まってくる。10月に入ったとは言え、昼間の日差しは眩しい。だけどこの場所でこんな風に思ったり感じたりするのも今日で最後なのだ。今まで煩わしかった練習を思い出すと、なぜだか込み上げるものがあった。私は手に持っていたポンポンを強く握った。そして遂に私たち紅組の応援が始まる。
メインの人たちが前に走って出ていく。その先頭には郭君がいる。郭君の掛け声と共に演技が始まった。皆動きが揃っており、凄くかっこよかった。演技が進み、女子のチア部隊も走って前に出ていく。私は特等席でポンポンを振り上げながらそれを見ていた。
演技が終わり私たちは観客席に座る保護者に頭を下げる。今まで保護者席を見ていたメインの人たちがこちらを振り返って帰ってくる。やっぱりここでも先頭は郭君だ。額には汗が光っている。長袖を着ての演技は暑いだろうな、と思った。
そして、日差しが郭君を照らした。郭君は眩しそうに目を細め、手で太陽を遮る格好をした。私はその時初めて、他人をかっこいいと思った。ずっとそんな郭君を見ていると目があった。彼は私の視線に気付いたのか、小さく微笑んだ。なぜだか頬が赤くなるのを感じた。それでも、彼から視線を外せずにいた。きっと、最後の体育祭なんていう感傷に浸ったから余計にそう思ったんだよね。なんて自分に問い掛けた。



男とか女とか、そういう区切りなんてもの、私は知らなかった。というよりも、自分がそれを実感する時がなかったのだ。今思えば、私はこの時から彼に惹かれ始めていた。
あとがき。
気付いたようで気付かないヒロインさん。
高校生編まではこんな不確かな気持ちのままのつもりです。
2012年10月1日