日陰に咲く花泣きそうに笑った。
12月25日、約束の日はあっという間に来た。結人に買えと言われたプレゼントは少しだけどうしようかと迷ったけど、結局買うことはなかった。ただ単に面倒臭いというのもあったけど、プレゼントを女子に買うという行為が彼女を友達以上として見ているような気がして行動に移せなかったのだ。
待ち合わせ場所の喫茶店に行くと、すでに彼女は席に座って窓の外を眺めていた。まだ約束の時間まで10分ちょっとあるから、もちろん結人と一馬はまだだった。結人は10分くらい遅れるだろうし、一馬は5分前くらいに来るだろう。そして彼女は今までの待ち合わせではいつも早く来ている。さすがに女子に慣れていない一馬と二人じゃ気まずいだろうと思い、俺は早めに家を出たのだ。
「早かったんだね」
俺は彼女の肩を叩いて挨拶をする。彼女は肩を震わせて驚いたように振り返った。その時俺を見る瞳に微かに怯えたような色が混ざっていたけど、俺の顔を確認するといつものあの柔らかい笑みを浮かべた。彼女は、今日楽しみだったから、と嬉しそうに言った。俺はそっか、と言って彼女の横の席に座る。タイミングよく横を通った店員にホットコーヒーを頼んだ。彼女と並んで窓の外を眺める。行きかうカップルや家族はとても幸せそうに笑って会話をしていた。5分ほどして頼んでいたホットコーヒーが来た。湯気が立つそれに口をつけると、苦味が口の中に広がっていった。
「あいつらももうすぐ来ると思うから」
「はい。楽しみです」
その後俺たちは最近の勉強の進み具合についてだったり、担任の結婚の噂についてとかを話した。俺らの担任の夜宮先生が学生の頃から付き合っている彼女と結婚をするらしい、その噂を聞いたのは最近の事だった。なるほど、だから最近先生の機嫌がいいのか、と一人納得をしたのを覚えている。
他愛のない話で盛り上がっていた時、後ろからお待たせ、と声がした。振り返るとそこにいたのはやっぱり一馬だった。右手に小さな紙袋を持ってやってきた。ああ、彼女へのプレゼントか、そう思って視線を一馬の顔に移す。俺の視線に気づいた一馬は気恥ずかしそうにその荷物を背に回した。
「あ、こんにちは!今日は私までありがとう!」
さんは慌てて席を立ちあがると90度にお辞儀をした。それを見た一馬はプッと噴き出すように笑った。それで緊張が解けたのか、一馬はこれ気に入るかわかんねえけど、そう言ってそれを差し出した。
「わ、私にですか?」
「一応な。そんな大したもんじゃねえけど」
「開けてもいいですか?」
「あ、おう」
それでもやっぱり恥ずかしかったようで、一馬は返事を返すと顔を横に背けた。お前顔真っ赤だよ、そう言おうと思ったけどなんとなくやめた。一馬にとってそれは、とっても勇気のいる行動だと思ったからだ。
「わあ、可愛い!本当にありがとうございます!」
そう言ってさんは一馬から貰ったテディベアのストラップを嬉しそうに眺めた。そんなに嬉しそうにするのなら俺もやればよかった、一瞬本当にそう思った。
「ずっと大事にします!」
「あ、ああ」
あまりにもさんが喜ぶものだから、一馬はそのテンションに圧倒されていた。俺もさんがこんな風に喜ぶのは初めて見た。当たり前なんだけどまだまだ知らないことが沢山なんだと実感した。そしてどうしてだろうか。一馬に対して悔しいと感じる自分がいた。
「えへへ、へへへー」
さんは顔を綻ばせてそのキーホルダーを携帯につけていた。穴に紐を通すのに苦戦しているようで、何度も何度もやり直していた。それを見た一馬がちょっと貸せよとそれを取って、さんの代わりにストラップをつけることに挑戦していた。
俺はその光景を横目で見ながらコーヒーに口をつける。二人ともちょっと近づき過ぎじゃない?とか言いそうになったけど、その度にコーヒーを口に入れては誤魔化した。
「あっれー!?いちゃつく相手間違ってねー?」
愉快そうに声をあげたのは結人だった。約束の時間から5分が経っていた。結人にしては早い方で少し驚いた。そして結人も右手に紙袋を持ってやってきた。クリスマスプレゼントを用意していないのはどうやら俺だけのようだった。
「あ、こんにちは!今日は呼んでくれてありがとうございます!」
「そんな堅苦しい挨拶やめよーぜー!俺たちもう友達!」
「え、あ…はい!」
戸惑いながら返事をするさんを見て結人は声を出して笑った。
「言ってる傍から敬語って!やっぱちゃん面白いわ!で、一馬と何してんの?」
「あの、キーホルダーを貰ったから携帯につけようと思ってたんですけど…」
そう言ってさんはストラップと戦っている一馬に視線を移した。どうやらまだそれは通っていないらしく、一馬は必死になって紐を通そうとしている。結人は荷物を椅子に置くとニヤニヤしてそれを取り上げ、いとも簡単に紐を通してしまった。ちょ、返せよ!と言う一馬の声は周りの音にむなしくもかき消されてしまった。
「こうゆーのは俺が一番得意だからな!」
と、誇らしげに結人は言った。それを見て一馬は悔しそうに手を震わせていた。
「これ英士からもらったん?」
「いえ、真田君です」
「え、まじか!一馬やんじゃん!可愛いじゃんこれ」
「うっせーよ。もうお前最低だろ」
一馬はよほど悔しかったのか頼んでいた林檎ジュースをちびちびと飲んでいた。
「ふーん。そっか」
結人はなにか言いたげに俺を見てくる。だけど俺はその視線を無視してまたコーヒーに口をつけた。そうだ、結人はこういう奴なんだ。場の雰囲気を壊すようなことはしない。でも暗に言いたいことを視線に乗せて伝えてくる。
俺だってなにか持ってくればよかった、そう後悔してるんだ。
「じゃ、これは俺からな!」
「え、いいんですか?」
「おう!」
さんはありがとうございます、とまた90度のお辞儀を披露していじけていた一馬さえ笑わせていた。だけど一馬…林檎ジュース噴き出すのはやめてくれよ。俺は小さな声で一馬に向かって飛んでると伝えた。一馬は慌てたように紙ナプキンでそれを拭いていた。
「か、可愛い!私に似合うかな…」
さんが取り出したそれは髪止めだった。結人らしいそれを見てもう一度、なにか買ってくればよかった、そう後悔した。
「似合うって!ちょっと貸してみ!」
結人はさんの手からそれを取ると、慣れた手つきでさんの髪の毛を束ねだした。長い髪の毛が一つにまとめられ、頭のてっぺんでそれを結んでいた。
「シュシュだったらきつくねえだろ?姉ちゃんが言っててさ」
「本当にありがとうございます!私こういうの疎いから本当に嬉しくて…」
心なしかさんの声が震えていた。彼女の顔に目を向けると、少し潤んでいた。よっぽど嬉しかったのだろう。
「気にすんなって。喜んでもらったんなら俺らも嬉しーしさ。な、一馬!」
いきなり声をかけられた一馬は少しどもって、おう!と返事を返した。
その後頼んでいたものを飲み終えてから喫茶店を出た。どうも一馬もさんとなら普通に話せるらしく、二人は並んで会話をしていた。俺と結人は一歩下がってそれを見ながら歩いた。
「なあ英士」
「なに」
「変に意識してると勘違いするぞ」
「どういう意味?」
「いや、だってさ、大事だから壊したくないんだろ」
なにもかも見透かしたかのように結人はそう言った。今日はやけに周りの声がうるさく聞こえた。
「お前がなにを言いたいのか分かんない」
「っそ。ならまあいいや。でもお前その険しい顔ちょっと控えろよ。さっきからちゃん気にしてる」
そんな事ないよ、と言い返そうとしてさんと目があった。そういえばさっきから何度も後ろを振り返っては俺と視線を合わしていた。
「そうだね。気を付けるよ」
「おう。今日は楽しくやろうぜ」
「結人に言われると悔しいけど分かったよ」
「ほんとお前一言余計だっつーの!」
「そんなの昔から知ってるでしょ」
「あーもう、はいはい!」
結人はそう言って明るく笑った。こいつは悔しいくらいに人を見ている。いや、人を理解しようとしてくれる奴だ。
あとがき。
好きだからこそそう思いたくない、大事だからこそ好きだと気付きたくない。
そんな経験が昔あったなあ。
2013年2月27日
好きだからこそそう思いたくない、大事だからこそ好きだと気付きたくない。
そんな経験が昔あったなあ。
2013年2月27日